ハイブリッドマン

[ 0 ] 2024年4月11日

『失敗の効用』という嬉しい名前の本があります。

英文学者の(故)外山滋比古さんの随想録です。

帯にはこんな文章が。

「私は入学試験を三度受けて二度落ちた/人間、失敗してはじめてわかることがいくらでもある。」

20120410110905

『みすず書房』から出版されているんですが、この出版社というだけで、何か「宝物」を買ったような気がします。

武田鉄矢さんが、「私の夢は、生涯に一度でいいから『みすず書房』から本を出すことです」と語っているのを聞いたことがあります。

さて『失敗の効用』という本ですが、円熟した教養人である著者が、日々の何気ない光景に少し角度を変えた視線をあて、「こんな考え方もあるよね」と自然に思わせる、実にさらっとしたエッセー集です。

まるで食後に番茶をすする感じです。

それでは淹れ立ての番茶を一杯お召しあがりください。

ハイブリッドマン

G「この間、書道展へ行っておもしろい経験をしました」

H「何か変わったことでもあったんですか」

G「知人の入っている書道会の開いたものでわたしには書のよしあしはわかりませんけれど、出品しているグループの人たちが、寄って来て、旧知のように話しかけるのです」

H「それに感心したんだね。わたしにも覚えがある。教師をしていたころ、焼きものが作りたくなり、学生を募って陶芸クラブをこしらえました。ときどきいっしょに窯をたいて夜を明かすこともあるのですが、その雰囲気が実によかった。年齢をこえて仲間でした。日ごろ接している文科の学生にはないリズムを発散しているのです」

G「人なつっこさみたいな、なんとはなしのあたたか味があるのですね。主として本を読み知識を深めようとしていると、学生だけでなく、どこか冷たさのようなものが身につくのかもしれません。体を動かしものを作る人たちにはぬくもりが感じられます」

H「本を読む人間はどこか非人情で、人を相手にせずといったところがあります。知識で身をかため、寄らば切るぞといった気配が、とくに知識人、学者と言われる人たちに感じられます。そういうブックマンは体を動かすワークマンをどこか軽蔑するようです。ブックマンは人付き合いもわるいことが多く、ワークマンには概して好人物が多い?」

G「ブックマンは声なき文字を友として、いつしか、血の通ったことばを失うのかもしれません。体育系の人間などを小バカにします。友にするにはブックマンよりワークマンの方がいいでしょう」

H「高等教育はブックマンの養成を目的にしてきました。ことに文科系がそうです。教養があるとか知的に洗練されているといわれる人間はとかくひとりよがりで、狷介になりやすい。なるべく体を動かさないのが高等だという偏見にとらわれています」

G「近年、すこし風向きが変わってきてはいませんか。まじめに散歩の効用を口にするブックマンがふえています」

H 「それはメタポリック症候群がこわいからで、本当に散歩を楽しむ人はそれほど多くありません。散歩はブックマンにとっては趣味です。万歩計などつけて喜んでいるのだから、かわいいようなものです」

G 「いまの社会はブックマンが主導していますから、人間味の乏しい、あたたか味の少ない、ギスギスした世の中になるのは是非もないところでしょう。ワークマンはもっと自己主張して、やわらかい、ぬくもりのある社会づくりに向けて努力すべきではありませんか」

H 「おいそれと実現することではありませんが、ブックマンはもっとワークマンに近づき、ワークマンはもっと知的になることが望ましいわけです。これからは、ブックマン兼ワークマン、つまり、ハイブリッドマンが望ましき人間像となるでしょう。人間だってハイブリッドは可能です。考えてみると散歩はハイブリッドマン文化の先駆けかもしれませんナ」

ブックマンである外山先生、「自戒の言葉」かもしれません。

今の世の中、考え方までデジタルになってきたので、ときにはこんな番茶のようなエッセーをすすりながら、昔懐かしきアナログ思考を取りもどすのもいいことですね。

デジタルは「どっちか一つだけ」ですが、ハイブリッドは「あれもこれも」です。

私は本質的に欲張りなんでしょうね。だからこう思います。

「『あれもこれも』の方がいいんじゃないの? だれだって。一つしか選べないって損でしょう。たった一度の人生なのに」

・・・・・・・・

投稿者:ノボ村長

Category: キラっと輝くものやこと, ほっこりすること

コメントはこちらへ