ソクラテスがいた時代
古代ギリシャの不可思議な存在「ソフィスト」とは一体? そして現代は「ソフィスト」全盛の時代なのでしょうか?
ノボ・アーカイブス
「時空見聞録」より
私もようやく「時空自転車」のコツを覚えてきた。
どうもペダルを踏む回数が、飛んでいく年代と比例しているようなのだ。
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・・・うまくいった。
あ~!なんと青い空、澄んだ空気だろう。
白く官能的に輝くエンタシス、きっとパルテノン神殿に違いない。
野外劇場がなにやら騒がしい。
行ってみよう・・・
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なんという偶然か!
そこではあの「ソクラテスの弁明」がまさしく行われていたのだった。
ソクラテスはまるでシュレックを小型にしたようないかつい体と顔の人物であった。
ソクラテスの弁明は見事だった。
彼の大きく野太いバスは、まるで地面を振動させるような迫力があった。
結末を知っている私は複雑な気持ちにかられながらも、彼の言葉に聞きほれてしまっていた。
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ふと野外劇場のまわりを見渡すと、どこかで見覚えがある顔を見つけた。
彼は白い一枚布を身にまとい、周りの人にとけこんでいたが、明らかに顔立ちが違う。
私は思い出した。
そして思い切って彼に話しかけた。
「あなたはもしかしてバートランド・ラッセル卿ですか?」
彼はあの鷹のような目と長い鼻をした特徴ある顔を私に向け、少し微笑みながら答えた。
「君も未来から来たのだな」と。
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彼の話は私の死生観を全く変えてしまった。
「君は人間が死ねばどうなると思う?天国か地獄に行く?
それとも輪廻のように、何かに生まれ変わって別な時代の別な人生を過ごす?」
左手で白髪をすこしかきあげて彼は話を続けた。
「実は私も死んでから知ったのだが、宗教や神話の話は当たらずとも遠からじということだった。
人の死後は多様性に満ちていたのだ。
ある人は永遠の眠りにつき、ある人は別な時代で別な人生を歩むこともあるのだ。
しかし、なぜそうなのか、だれがどの道を行くのか、それは私にもわからない。
ただ私はあまたの死者の中で一番の幸福者であろう。
私の哲学の出発点であるギリシャ時代に生まれ変わったのだから・・・」
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それから数週間、彼の住居に暮らしながら彼の話を聞き、街を歩いた。
私はこの時代をまるで私が生きていた「現代」のように感じられることとなった。
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ある日、私はかねがね気にかかっていた「ソフィスト」についてラッセル卿に尋ねた。
「ソクラテスの対極として、この時代の「ヒール(悪役)」であったソフィストはなにゆえに存在を許されていたのでしょうか?」
私にとって、弁証、論理、合理、そして科学へのルーツとなったこのギリシャ哲学の興隆期、詭弁家であったという彼らのことが、いろんな意味でひっかかっていたのだ。
ソフィストの代表格「プロタゴラス」が言ったという「人間は万物の尺度である」が、高校時代にとても真実として感じられたからでもある。
その真実が詭弁?どうして?
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ラッセルはこの時代の社会状況と関連させて、彼らのことを説明してくれた。
「『ソフィスト』という語はもともと悪い意味をもってはいなかった。
それは君の時代の『教授』と近い意味だったのだ。
彼らは学校がないこの時代、裕福な子弟だけに実生活に役立つと考えられたあることを教えていたのだ」
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彼は私の顔を見つめて話を続けた。
「そうそう、君の時代、とくにアメリカでよく似た職業がある。
それは『会社の顧問弁護士』というものだ。
アテネの民主制は奴隷や婦人を含まないという重大な限界をもってはいたが、ある面ではその後近代のいかなる制度よりも民主的だった。
なにせ裁判官や大部分の高級官吏はクジ引きで選ばれ、任期も短かかった」
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彼はみごとな白髪をそよ風に遊ばせながら、大学の講義を思い出すかのように一瞬遠くをみつめた。
「その結果、彼らは現代の陪審員のように十人並みの市民であったし、同じような偏見も持っていたり専門家気質というものもなかった。
そしてこの時代は、それぞれ個人が自ら法廷に出たのだ。
したがって当然、その成功と失敗とは、民衆のさまざまな偏見に訴える弁護の上手下手に左右されることが多かった。
ソフィストは法廷で成功を勝ち得るさまざまな技巧を教える人々だったのだ」
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私はさらに尋ねた。
「ソクラテスのようなまともなことを言う人が、無茶苦茶な訴えで裁判にかけられ、また自ら選んだとはいえ死刑になるとは、この時代、哲学は廃れ、ソフィストの弁論術だけの社会に成り下がっていたのですか?」
ラッセルは口もとにかすかな苦笑いをうかべながら答えた。
「いやいや、わしも君も生きていた時代と同じだよ。つまり政治的な状況で彼はこのようなことになってしまったのだ。
ソクラテスの晩年の時代、ギリシャ世界はスパルタが覇権を掌握した。
このアテネもアテネ本来の民主制はスパルタの僭主制(30人のスパルタ人有力者を中心にした新政府)に変わったのだ。
ところが彼らは評判が悪く、1年もたたぬうちに新政府は覆され、またもスパルタ公認で民主制に戻った。
しかしスパルタ流民主制は法に触れない範囲ならどんないいがかりをつけても、その敵を迫害するという過酷な民主制だったのだ。
このような政治状況の中でソクラテスの裁判そして死ということが起こったのだよ」
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私は思った。
古代も現代も何も変わらない。。。
人の知性も粗暴さも。
言葉が政治に蹂躙されていくことも。
そして現代は、ソクラテスの末裔よりもソフィストの末裔だけがえらく繁殖してしまった社会なのだなと。
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オリンポスの山々が夕焼けに染まってきた。
神殿のエンタシスはそれぞれの柱が橙色や黄色に染まり、かつ陰になる部分は灰色のグラディエーションがかかり、まさに神話的荘厳さだ・・・・
ふと気づいた。
遠くに画架を立て絵を描いている人がいる。
もしかして、レオナルド・ダ・ヴィンチかもしれないと思った。
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