童話「リンゴ箱のもみ殻」

[ 0 ] 2018年1月23日

ラジオで読者投稿の紹介がありとても心が和みました。こんな内容です。「今から半世紀も前、昭和40年頃の話です。家に木のりんご箱が届きました。小さかった私は蓋を開けてみて、籾殻だけなのを見てがっかり。しかし籾殻の中を手で探るとあったんです!りんごが。とても嬉しかった」このお話をもとにして童話もどきを書いてみました。

ノボノボ童話集

リンゴ箱のもみ殻

 もう半世紀以上も前のお話です。

 僕は小学校四年生でした。

 その頃の冬の寒さは、

 今よりずっと厳しいものでした。

 ゴム長靴の中に「わら」をしいて、

 学校に通ったことを思い出します。

・・・・・・・・

 学校の授業が終わると、

 同級生と雪遊びしながら家に帰りました。

 濡れた毛糸の手袋をぬぎ、

 すぐに火鉢に手をかざしたものです。

 火鉢の上には「やかん」がのっていて

 しゅ~しゅ~と湯気を立ていました。

 それを眺めていると、手指だけでなく、

 心にも温もりが戻ってくるようでした。

・・・・・・・・

 ふと縁側を見たら木箱がありました。

 僕が初めて見るものでした。

 厚く粗い杉板で無造作に組まれたその箱は、

 僕が入れるほどの大きさがありました。

 ふたの釘はすでに抜かれていました。

・・・・・・・・

 もしかして?

 お母さんが年末に何か来るかも知れないよ、

 と言っていた「まさおんちゃん」からの

 おくりものかもしれない。

 僕は、さっそく中を見たくなりました。

・・・・・・・・

 お母さんは流し場で、

 石油コンロに火を付けようとしています。

 よし、今だ、と思って縁側に行って

 木のふたをはずしました。

・・・・・・・・

 そうしたらびっくりです。

 えっ、なんだ、これはもみ殻じゃないか。

 やはり「まさおんちゃん」はいい加減だ、

 とそのとき思いました。

・・・・・・・・

 行商のような仕事を転々とし、

 いつも居場所がわからない「まさおんちゃん」は

 時々ふらっと、わが家へ寄ります。

 何日かいて景気の良さそうな話をします。

 時々、僕をパチンコなんかに連れて行ってくれます。

 どうやらすぐ上の姉であるお母さんから、

 少しばかりお金を借りて行くらしい。

 それは、二人の表情で子供心にもわかりました。

 お父さんは知らんぷりをしていました。

・・・・・・・・

 そんな「まさおんちゃん」が、

 青森から送ってよこしたらしい大きな木箱。

 それがもみ殻だなんてふざけてる。

 僕は頭にきてもみ殻の中へ拳を突っ込みました。

 ところがもみ殻は温かくて、

 握るととても気持ちがいい。

 面白くない気持ちが安らいでいくようです。

・・・・・・・・

 そのままもみ殻の中をまさぐっていたら、

 固いものが手に当たりました。

 それは大きなリンゴでした。

 何度かまさぐって十個もリンゴを見つけました。

・・・・・・・・

 大きな木箱の中で、

 わざとたっぷり余裕を持たせられ、

 はるばる青森から汽車で送られたリンゴたち。

 まるで、ほっぺの赤い津軽娘のように、

 とても生き生きしていました。

・・・・・・・・

 お母さんがやってきて、

 笑みを浮かべて言いました。

 よくまあ~、まさおがこんな上物リンゴ

 送ってよこしたごと。

 庭の梅の花でも咲いでしまいそうだっちゃ。

・・・・・・・・

 それからお母さんはリンゴをひとつむきました。

 僕と妹は、大きくて甘酸っぱくて歯ごたえのある

 本場のリンゴが別な国の果物のように思えました。

 そして「まさおんちゃん」が異国にでもいるように

 思えてしまいました。

・・・・・・・・

 リンゴを食べた後もう一度、

 僕は木箱のもみ殻の中に手を入れました。

 まるで砂遊びでもしているように

 無心になれるのでした。

・・・・・・・・

 あの日から数十年後、

 まさおんちゃんは病院で死にました。

 多額の借金という大きな迷惑を

 お母さんや他の兄弟に残していきました。

 まさおんちゃんをよく言う人は誰もいません。

・・・・・・・・

 しかし今でも僕は、

 生き生きとしたリンゴがまばらに入った

 大きなリンゴの木箱と、

 温かかったもみ殻の感触が、

 まさおんちゃんの面影に重なるのです。

 今はもういない、あの日リンゴをむいてくれた

 もんぺ姿の元気な母親の笑顔とともに。

 
 by ノボ村長

 →ノボショート・ショート

Category: キラっと輝くものやこと, ほっこりすること, ほんわかファミリー

コメントはこちらへ