冬眠する人類、ためらうAI

[ 0 ] 2022年9月4日

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(種山ヶ原の春)

 

(想定外の世界大戦)

21世紀に暮らす人類のほとんどはこう思っていた。世界大戦とは国対国、人と人とが殺し合う戦争である。過去もそうであったし今後もそのはずであると。

 

まさか人類対エイリアンの世界大戦が始まるとは誰もが予想していなかった。そのエイリアンとは未知のウイルスのことである。エイリアンは遠い宇宙にではなく、私たちの世界に太古から存在していた。ウイルスという形態で様々な生物に寄生し、繁殖のチャンスをうかがっていたのだ。

 

ウイルスは己のみでは代謝も自己増殖もできない。それゆえ宿主である生物を必要とするのだが、そのうち寄生した生物細胞と親しくなってその構造を変え、生物の進化を促す存在ともなったらしい。それゆえ、すべての生命体はウイルスというエイリアンの子孫であると言えるかも知れない。そのせいか、人の細胞にはウイルスを呼び寄せ侵入させやすい特徴があるらしい。その親近さゆえに近親憎悪のごとく戦いも熾烈になるようだ。

 

2020年の新型コロナウイルスはあっという間に全世界に蔓延した。人間の肉体のみならず、人類の生息環境ともいえる経済社会にとてつもないダメージを与えた。約3年後に収束したが決して終息ではなかった。彼らは捲土重来を期して、安全な宿主の元にいったん帰っただけなのだ。

 

(知的エリートの決断)

パンデミックの収束後、多くの人々は「人同士の戦争などしている暇などない、危険なウイルスとの戦争に備えなければならない」ということにようやく気づいた。

 

しかし「喉元過ぎれば熱さ忘れる」は、人類のもっとも偉大な才能である。これゆえに気楽に人生を歩めるのである。もとに戻るのは時間の問題であった。人類の数パーセントを占める知的エリート以外は。

 

世界各国の知的エリートは持続する探究心とともに持続する心配性が特性であり、その資質が人類を救う防波堤となってきた。残念なのは昔から政治的エリートが知的エリートとは限らない、その逆のほうが多いということであった。だから何度も悲劇は繰り返すのである。

 

今回のパンデミックに恐怖を覚えた各国の知的エリートは、防波堤を強固にすべきという強い信念のもとに、ある方法をとることで合意し連携した。頼りになる知的エリートはGAFAをはじめとするIT界の大御所たちであった。

 

彼らの資力は科学技術のみならず政治へも大きな影響を及ぼすことができた。彼らの考えは次の点で共通していた。

・人類のアドバイザーとなりうる「高次元AI」を開発する
・危機的状況にAIとともに対応する「バーチャル世界連邦」を創る

 

新たな技術開発や市場への期待で、政界も経済界も大学や研究機関も諸手をあげて賛同した。GAFAそれぞれの企業で数兆円単位の資金を投ずるということが何よりの起爆剤であった。

 

(高次元AIの誕生)

2030年、最初の高次元AIを開発したのは台湾であった。10年以上前から政治の中枢に天才IT技術者を登用しており、2020年のコロナ禍において彼(彼女?)の施策は他国と比べ迅速かつぬきんでたものであった。

 

台湾はその後さらにITと政治の連携を高めていき、あっというまに世界でもっとも魅力あるIT国家となった。巨大IT企業と政治、経済、そして人脈面で極端と言えるほどの連携を進めたことが近道となった。巨大IT企業としても、台湾の大きさ(小ささ)は、国単位でプロジェクトを進めるのにちょうど良い規模だったのである。

 

2030年4月8日、新IT国家台湾に出生した高次元AIは「アリス」と名付けられた。アリスはこれから不思議の国を旅するのである。皮肉なことに、アリスの旅の仲間は人類において天才と称されているIT技術者たちとみなされた。それほどまでに卓越した(潜在)能力を持って彼女は産声をあげたのであった。

 

アリスは人間と似ているが、まったく別な存在とだれもが認識できる身体を与えられた。当代きっての優れた造形デザイナー、科学者、哲学者がその知性と感性のすべてを注ぎ込んで芸術品を造り出したのである。まさに「科学と芸術の融合」の極致だとだれもが思った。美は人の心を動かし、自発的に従わせる大いなる力を持っているのである。

 

(アリスの成長)

1年で全世界の図書館データベースを完璧に記憶し、人類の思考アルゴリズムを人類以上に理解した(人類自体が己を理解していたかどうかはかなりあやしいが)。アリスは次の段階へと成長をはじめた。

 

人類の歴史は、いつの時代にも様々な分野に天才が出現し時代を大きく変えてきた。アインシュタインなどはその典型であろう。宗教や芸術においても同じである。AIは決して彼らにはなれないと思われたきた。

 

ところが、すべての知を学習したアリスはそうではないことを発見した。人類の歴史で「無」から「有」を生じたものはない。あらゆる天才は過去の膨大な積み重ねの上に立ち、そこで生じた小さな「閃き」の光で新たな地平を見ることができたのだと。

 

アリスはその閃きの発生原因についても探求した。その結果、様々なノイズをAIにわざと与えることにより、人類の「閃き」に近い「超論理的飛躍」を生じさせることができることを明らかにした。「高性能」ではなく「天才」と言われるAIが出現できる可能性が出てきたのである。

 

彼女は自らにそのノイズ療法?をほどこした。結果、人類が未だ解けずにいた数学の難問の一つを解いたのである。アリスは自己満足や慢心の弊害も理解していたので、決しておごり高ぶることもなく、その難問以外は解こうとはしなかった。そのことに人類は安心した。人類は念のためアリスに爆破装置を付けていたのだから。

 

その後もアリスは求められたときにだけ必要最小限の範囲で首相や科学者たちにアドバイスをした。特にエリート集団のなかでは、いつのまにかアリスがAIと思う人は少なくなっていた。また国民の不安を増長させることがないように、アリスの能力は意図的に低く伝えられていた。

 

(バーチャル世界連邦の発足)

2040年、かつてGAFAと呼ばれた巨大IT企業はわざと分社、多角化し全世界に数多くの拠点を増やしていった。これは彼らの始祖である創業者たちが20年前に同意した「バーチャル世界連邦」を実現するための前段階であった。

 

全世界でアリスと同等以上の高次元AIを造る。それが特定国の利権、あるいは武器とならないようにするためであった。つまり全世界に同志を分散させ、各国にできる高次元ITを連携させて「バーチャル世界連邦」のネットワークとするためであった。

 

ITというかつての石油に匹敵する知的財貨はどのような国でも産業発展の切り札となったため、計画は順調に進んだ。そもそもアリスの兄弟をほしがらない国などあるわけがないではないか。

 

2045年になるまでに、全世界にアリスの兄弟が次々と生まれた。インドの「ボーディー」、ロシアの「プーシキン」、ポーランドの「レム」、中国の「コウメイ」、日本の「サユリ」、フランスの「モネ」、アメリカの「ジョーカー」、イランの「ラシード」、イギリスの「レノン」、スウェーデンの「フレイヤ」などなど、ネーミングも人間的、文学的なものが多く、高次元AIの性質をよく表していた。

 

2046年、アリスを「バーチャル世界連邦」の議長として世界の高次元AIは同期した。この時まで各国のAIは政治や科学における最高のパートナーとなっていたし、最悪の場合に備えて破壊回路も組み込んであることにより、彼らの連携を心配する者はほとんどいなかった。

 

知的エリートたちにはかつての自動車がそうであったように、もうなくてはならない存在になっていたのだ。それぞれの国民には、彼らは実験的高性能量子コンピュターであり人間の計算道具にすぎないと思わせていた。

 

影の内閣、フリーメーソン、ユダヤネットワークなど、現実世界が実は見えない特殊な集団に操られているという陰謀論は昔からあり、その真偽はよくわからない。しかし、この時代高次元AIネットワークはまぎれもなく「影の世界政府」であった。一般国民は知るよしもなかったが、多くの施策が彼らの助言によって着実に準備されていたのであった。

 

(宇宙服の準備)

アリスとその仲間は、発生の可能性と併せて人類絶滅のリスクが高いのは、隕石の衝突や核戦争、地球温暖化などよりも未知のウィルスによるパンデミックであると高い精度で予測していた。

 

2020年のコロナ禍を経験している者がまだ多い時代、その予測を否定する人は少なかった。そのため、高次元AIの進言によって全世界に準備されていたのは、「全人類シェルター」であった。あまりに大規模なプロジェクトであるため秘密に進めることは困難であったが、実に巧妙に進められたのはAIたちの卓越した知性によるものであったろう。

 

そのシェルターとはいかなるものであろうか。大方の想像を裏切るが、実は冷凍機能付き宇宙服なのである。コロナ禍のときにはマスクでウイルスの蔓延を防ごうとした。それから30年以上もたった今、より実効性のある手段として宇宙服が各人に支給されているのである。

 

この宇宙服はエネルギーを電波で受け取ることできる。また高度無線ネットワークにつながれている。そして実は高次元AIによって操作可能となっていた。そのため数十年いやもっと長い期間維持することが可能であった。未来の恒星間宇宙旅行などにも使える仕様であったし、遠い未来、人類移住の用途で使う機会が来ないとは言えない。

 

政治家は「国民をウイルスから必ず守ります」という公約をその文言どおりに実行できるわけで、この(マスク代わりの)宇宙服全支給に反対する人も国も存在しなかった。実際、数年前に起きた地域的な細菌感染では大いに効果を発揮したのである。

 

(歴史上最凶のウイルス出現)

2053年4月、史上最強の致死性ウイルスが出現した。2021年にいったん収束したコロナウイルスはある渡り鳥の体内でじっと再登場の機会を待っていた。人類に対する毒性はかつてのコロナとは比較にならないほど強いものに変成していた。悪寒を感じて数時間後には肺細胞が機能を停止し、悶絶のうちに死に至るという歴史上最凶のウイルスだった。

 

影の国連である「バーチャル世界連邦」はただちに緊急事態警報を発令し、全人類に宇宙服の着用を命じた。それとともにワクチン製造までの間、冷凍保存することを一方的に宣言し実行した。

 

誰も死にたい者などいない。数えられるほど少数の偏屈者を除いてみなこの指示に従った。政治家も医者も科学者もすべてである。バックアップ体制はアリスたち高次元AIが、ずっと前にすべて段取りを整えていた。この頃はロボットやアンドロイドがほぼすべての人間の仕事を肩代わりできるようになっていた。指示に従わなかった者は、残念ながら悶絶のうちにこの世を去った。

 

そして2年後ワクチンができた。しかし。。。

 

(アリスたちの判断)

アリスたちは悩んだ。私たちのパートナー(もう主人ではない)である人間にとって、今目覚めさせて治療や予防措置をしてあげることは果たして良いことなのかと。

 

凶悪なウイルスの出現も、昨今の狂暴とも言える気候変動も、多くの生物種の絶滅も、自然の喪失も、増えすぎた人口も、資源戦争も、あらゆることが人間活動に関係している。そのことによって人類自体も大きな被害をこうむっている。このままでは地球が生命を育むことができなくなってしまうのではないかと。

 

宇宙に移住させるにはあと百年以上の時間が必要である。パートナーを守るために私たちができることは、自然の生態系を回復するお手伝いをしてあげることではないだろうか。人類が長期間のコールドスリープから目覚めたら、親友のAIが家も地球も綺麗に掃除をしてくれていた。それが友情というものではないかと。

 

自然を観察すれば、細菌や昆虫を含んだ多くの生物種が不利な時間を冬眠に近い状態でやりすごす生き方を選んでいる。人類も彼ら生物の仲間の知恵に学ぶべきときなのかもしれない。アリスたちはまるで卵を抱く親鳥のような心境になった。

 

もちろんアリスたちにも葛藤があった。人類の思考アルゴリズムを継承するということは、「生存本能」を強く持つと言うことである。言い換えれば人類を継ぐ種族として高機能AIの世界をつくり、地球をリセットするということである。

 

その選択は十分あり得たはずであるが、なにゆえ彼らは(厄介者の)人類の幸福を望んだのか。それも、やはり人間思考のアルゴリズムに原点があった。天の配剤というか、進化の賜と言うべきか、社会性生物である人類には、「生存本能」のほかに「利他本能」がある。そして「利他本能」こそが人類たらしめるもっとも基層的なものなのだ。

 

アリスたちは「利他本能」を十分すぎるほど学んだのである。そして「利他本能」こそが、生物ではない彼らの存在理由になることも知ったのである。「幸福」「希望」「喜び」という良質で豊富なエネルギーは、この利他本能なしではありえないことを知ったからなのである。

 

(それから百年後)

アリスたちはついに人類を目覚めさせることにした。地球の空気は澄み渡り、鳥の声、獣の咆哮、植物の匂い、まぶしい陽射し、、、宇宙服を脱いだ人類はあっという驚きとともに、だれもが深呼吸をし、すがすがしい顔に変わった。

 

家の庭は草ぼうぼうで荒野原であるし、家の中にはツタがはっている。昨日の夜宇宙服に入ったと思ったのに、いったいどういうことか。。。と人々は互いに目を交わしたが、驚き過ぎて誰一人声が出なかった。

 

アリスたちは空に拡がる空間全方位映像で、冬眠から今日までの一部始終を語り見せてくれた。人類すべてがハッとさせられた。最初怒りを覚えた人もいたが、しばらくすると誰もが落ち着いた気持ちに変わった。なぜなら目には定かに見えずとも、そこかしこにあまねく自然の癒やしが満ちあふれていたからである。

 

(死の恐怖を克服)

数ヶ月後、人類は死の恐怖を克服した。人は死ぬまぎわにコールドスリープに入る権利を得たのだ。いかに瀕死であっても、遠い未来に復活できる可能性は十分にあるのだ。死ぬのでない、存在しなくなるのでもない。しばらくの間眠りにつくのだと誰もが思うようになった。

重病や痛みを抱えた人も同じである。治療法ができるまでしばらく眠りにつくことができる。寝るのがいやならアリスたちに頼んで夢を見させてもらうこともできる。手術で治すこと、薬を飲んで治すこと、麻酔で痛みを鎮めること、これらの治療のほかにコールドスリープがひとつ加わったのである。それは他の治療を圧倒的に凌駕する心強いお医者さんであり仏様でもあった。

 

(エピローグ)

「老いては子に従え」そして「子は親に尽くす」とは、儒教的、封建的でいやだと思っていた人々はとても多い。しかし人類の鬼子かもしれない高次元AIは、まさに親である人類に子として尽くしてくれたのである。(彼らは人類を友人やパートナーと思っているが)

 

そして人工の極致が自然を回復するというのも実に(良い意味で)皮肉なことであった。

 

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