ショートSF「宇宙の雪おんな」

[ 0 ] 2021年12月8日

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ノボ・ショートSFより (小泉八雲著「雪おんな」翻案)

宇宙の雪おんな

ゼータ第二星系のテーラという惑星に、モースとヤーコブという二人の航宙士がいた。ヤーコブは200才を超えた老人であった。モースはまだ42才という若者である。

毎週二人はゼータ第二星系から5パーセク離れたブラックホールZ556の事象地平線近くへとワープした。星間物質エネルギーオメガ3をテーラへ運ぶためである。ワープする前に近くの恒星系K3を通らねばならない。恒星の引力によって思い切り弾き出されなければワープできないからだった。

いつもその恒星のそばにはアシスト船団がいて彼らを誘導してくれる。ところが小惑星との思わぬアクシデントがあり、この日アシスト船団は機能しなかった。モースとヤーコブは恒星系K3の惑星チョゴラ付近にとどまることにした。悪いことは重なるものだ。なんと温度調節ユニットがうまく働かなくなってしまったのだ。

小惑星の衝突で想定外の宇宙線が放出されたが、彼らの宇宙船のバリアーが操作上ほんの数マイクロセコンド遅れたためである。 宇宙船の中はとても寒かった。宇宙服のバッテリーを使い切ることはできない。彼らは肉体の限界というものを感じざるを得なかった。

やがて宇宙船の窓に、白い噴流が見えてきた。よく見ると細かい粉の渦のようだ。はるか古代の伝説として伝えられる地球という惑星の「雪」というもののようだ、とヤーコブは思った。地球とは彼らのルーツであるとも教えられてきた。伝説によれば彼らの先祖は、当時機械と化したホモ・サイエンスとなることを忌避し、人間として生存し続けることを選択し、何世紀もかけてゼータ第二星系に移住したらしい。

不思議なことに「雪」は船内に侵入し、数分のうちに船内を白く冷たい粉で埋め尽くした。ヤーコブは夢を見ていた。夢の中で彼は見たこともない地球にいた。とても高い地表で雪が彼を埋め尽くした。白い世界はやがて闇となり、彼は薄れゆく意識の中で「nadare」と独り言をつぶやいた。そして最後に、いつもワープのときに脳裏をうずめる輝く白光の中に投げ出され、光の中に溶けていった。

モースも雪に埋もれていたが、突然声が聞こえた。「あなたはまだ若い。私はあなたを助ける。決して私の存在を知られてはいけない・・・・そうでなければヤーコブと同じになる・・・」モースはぼんやりした意識の中で、長い黒髪の透き通った白い肌の女性が脳裏に浮かび焼き付いた。

アシスト船団は翌日復旧した。モースは彼の惑星に戻った。あの雪の体験は決して誰にも話さなかった。彼には「約束」という人間界の掟が本能として残っていたのだ。この事件のあと、彼は航宙士をやめた。今は宇宙船のメンテナンスを仕事にしている。

惑星テーラは人類の生存を古代より変わらぬ「生殖」という行為に委ねていることが特徴だ。ある日モースは、黒髪で透き通るような肌を持つ色白の少女と出会った。彼女は植民惑星テーラNEOへ移住するのだという。「あっ!私にはこの女しかいない」とてつもない衝動が彼を襲った。彼女は強引な彼に逆らわず、彼の住居へと一緒に向かった。このため移住はお流れとなってしまった。

彼女の名は「ユキエ」だった。同居している母親は彼女をとても気に入り、彼らは古代からの習慣通り「マリッジ」を執り行い、「ジーン・パートナー」となった。先祖が人類のままでいようとしたのは、生殖という行為、出産までの過程、育児という仕事を至高の価値に感じていたからであろう。

モースとユキエの間には10人の「ベイビー」が誕生した。育児アンドロイド「ウーバ」がいるおかげで、テーラでは生理的許容範囲内で何人でも産めるし推奨されている。ある夜、モースは幸せのあまりユキエに過去の体験を話した。

「もう十数年も前、私が外宇宙二等航宙士だったころの話だ。あるときアクシデントに襲われあやうく遭難するところだった。その夜びっくりすることにおまえと同じイメージ同じ声を持つ存在と遭遇したのだよ」

手仕事から目をはなさずに彼女はたずねた。「どんな人だったの?」 彼は答えた「それが人間のようなそうでないような、、、とにかく私にはその女(ひと)が怖かった。ほんとに怖かったよ。おまえのように美しい女を見たのはその時だけだ。もちろんあの女は人間ではない。ほんとに怖かった。。。しかしまっ白だったよ。私は夢を見たのか女を見たのかよくわからないのだ」

彼女は突然手を止め彼を向いて叫んだ。「それは私、わたし、この私だったのよ!このユキエだったんです」「もしあなたが一言でも話せばヤーコブのようになると私は申しました。私はあなたがた人類を追ってきたホモ・サイエンスの刺客なのです。人類の生殖をも実行できるように特殊な設計がされているアンドロイドなのです」

「でも、子を産むという行為を経験した私にはあなたを消滅させるということはもうできなくなりました。回路が突然変異をしてしまったようです。。。」「私は元へ戻ります。ですからベイビーを私だと思って大切に育ててください。ベイビーに何かあったら私はそれ相応のことをいたしますから!」

こう叫んでいるいうちにも彼女の声は風のむせぶようにしだいに細くなった。それから、きらきらした白い霧となって震えるように宙へと昇っていった。もうそれきり、ユキエの姿は二度と見られなかった。

Category: おもしろいこと, キラっと輝くものやこと

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