侍イソガイ・タケツラの伝説

[ 0 ] 2020年4月11日

ショートSF

侍イソガイ・タケツラの伝説

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(戦いの行方

今から五百年も前、紀元四千年頃の話である。人類軍ユーラシア方面隊に、知略と武勇に優れたイソガイ・タケツラという将校がいた。歴史上かつてない激戦だった第三次電魔大戦(人類側の呼び名だが)で、電脳軍を大いに悩ませ、数々の武功で勇名をはせた人物である。

彼は遺伝子操作が為されていない先祖の血をひく数少ない純血種であった。純血種ゆえの様々な肉体的制約はあったにせよ、幾千年も続く人類の純粋な血脈は彼の誇りとするところであった。彼は、死を怖れぬ「いさぎよさ」を勝ち負けよりも重視していた。意表を突く戦術を次々と繰り出す彼の勇名は広くとどろきわたり、電脳軍に予測不可能の恐怖を与え続けた。「タケツラ」の名は人類軍唯一の希望であった。

人類軍と電脳軍はどのような戦いを行ったのであろう。その頃の戦闘は驚くほど古代伝説に近いものであった。電脳は多次元ホログラムと素粒子実体化装置でいわば「電磁妖怪」となって人類を恐怖で襲ったのである。伝説に残るおどろおどろしい「化け物」たちの軍団であった。人類の最たる特徴である想像力、それは裏を返せば最たる弱点でもあることを電脳は熟知していたからであった。

それに対する人類軍の戦いもまた古風なものであった。おどろおどろしい電脳妖怪に負けじと、彼らは武士や騎士のように勇ましく颯爽たる軍装をまとった。電磁シールドの鎧を身につけ、電磁セーバーという剣を振り回し、己自身を鼓舞しながら電脳妖怪と戦っていたのだ。

伝説の時代をはるかに過ぎた未来なのだが、まるで先祖帰りしたような光景となっていたのは実に興味深いことだ。実はこの大戦よりも百年も昔、なにもかもが抽象化した世界への反動ゆえか、電脳にも人類にも具象回帰とでもいうべき変化が生じていた。身心一如という古き時代の価値に先祖返りしていたのだ。歴史そのものも輪廻転生するものなのかもしれない。

 

(落武者となった人類)

十年後の終戦、それは人類軍の大敗に終わった。タケツラが生き延びられたことは奇跡であった。しかし精神性を重んずる彼にとって、その生は死よりつらかったことだろう。それでも彼が生き続けた理由はただひとつ、人類の純血を継承させたいがためであった。電脳の不死に対して人類は命を継承して対抗していくのである。

彼は電脳軍の勢力があまり及ばぬアジア大陸奥地の高山地帯に落ちのび、やはり純血種の妻と未来に純血を託す息子二名と娘一名の五人で隠れて暮らしていた。同じような家族が十数戸寄り集い、自給自足の生活を営みながら人類の命脈を保っていた。このような純血種の集落は地球上におそらく数千はあったらしい。

高山の洞窟の奥深くには、その時代相応の技術水準のマシンやシステムが最小限の規模で稼働しており、対電脳兵器も隠されていた。タケツラは、いつか電脳に一泡吹かせようという気持ちを忘れてはいなかったからだ。彼らは山中にささやかな寺院を建立し、大人たちは僧となって子らに人類の歴史と精神を伝えた。さらに寺院はたゆまぬ心身の修行を行う道場でもあった。

他の人類はといえば、脳以外の肉体を一部電子装置に置き換えたホモ・サイボーグが、電脳の従順な僕となって生きる道を選んだ。かつて人類の貴族が奴隷を必要としていたように、万能と思える電脳でも人類が必要であったのだ。電脳がめざす究極は「神」になることである。人類という僕がいなければ神の優越感は味わえないのだ。人類も、その鬼子である電脳も、古代神話に埋め込まれた構図から逃れられない宿命なのであろう。

 

(タケツラの行脚)

ある年の秋、タケツラは電脳の支配する地域を探る長い旅に出発した。偵察のみならず、道中タケツラのごとき落武者たちの部族を訪ね、新たな軍団を組織化する目的もあった。徒歩や馬による原始的な旅であったが、電脳に気づかれないためにはこの移動手段が最適だった。

実はこの時代、電脳世界にも混乱と無秩序が生じていた。人類の思考や情報が彼らの餌であったがゆえに、人類と同様の混乱が徐々に広まったためである。混乱した電脳の一部は異常な行動をとることがあった。それゆえ、いかに剛胆なタケツラといえども一人旅には思いがけない危険が潜んでいたのである。

長い旅の途中、タケツラは「ジパン」という国を訪ねる機会があった。電脳に発見されぬよう彼は「海のトロイカ」に乗って海を渡った。この船は細長い流線形をした繭のような形態の一人乗り潜水艇である。人間と交信できるイルカ三頭がこの船を曳いて海中を高速で移動する。繭の中にあるカプセルに人間は横たわる。繭とカプセルの間にはゲル状の緩衝物質が充填されており、それが揺れをすべて吸収してくれるのだ。

たった二日でジパンの、とある海岸に着いた。乗ってきた潜水艇を隠した彼は、遠くに見える山岳地帯をめざした。この旅はその後、タケツラに、いや人類全体に重大な変化を与えることとなった。

ジパンには、たおやかな峰々、清涼なる森林、谷川の清冽な流れ、綺麗に咲く花々、虫の声、鳥の声、どこまでも青い空、白い雲があった。いまだに残る大自然はタケツラにノスタルジーと深い安らぎを感じさせた。人類対電脳の戦争はあれほど悲惨であるのに、自然は大昔から変わらない。。。タケツラは物思いにふけり、しばし自然の中に己をゆだねた。
「ジパン」とは千年以上前には「ジャパン」あるいは「ニッポン」とよばれた島国であった。彼は知らずにいたのだが、実はタケツラにはこの国の血が流れていたのであった。ある日、彼の口から無意識に「サムラヒ。。。」という言葉がもれた。その瞬間、彼は心に何か不思議な力が宿ったような気がした。それは一瞬のことで、すぐにその言葉は彼の脳裏を離れていったのだが。

 

(廃寺の一夜)

電脳は夜になると陸上の多く、海や空の一部を光り輝く金の繻子で覆い尽くす。それは不気味なほど綺麗である。光の揺らめき、点滅に見とれているだけで思考が麻痺してくる。このまま光に己を委ねてしまいたい、と思う人類が多くいたことを責めるわけにはいかないとタケツラも思う。

ある晩、タケツラは海の近くにある数百メートルの小山にある廃寺に泊まった。彼の背嚢には「コア」と呼ばれる超小型多元バッテリーがあった。鶏の卵ほどの大きさであるが、光、震動、温度差など、あらゆるエネルギーを高効率で保存できるのである。コアのおかげでいかなる気温でも寝ることができたし、調理することも様々な機器を駆動することもできた。彼はコアを暖房にして薄いシートだけで寝についた。

その晩、夢の中に、大昔、武士と呼ばれた種族のひとりが現れ彼に話しかけた。独特な髪の結い方で、ゆったりとしたスカートのようなズボンをはき、腰には細長いサーベルを差していた。「タケツラよ、そなたはわれらが侍の子孫である。われらが亡くなって二千年の後、この世の結界はすでに破れていることであろう。記憶も歴史も失ったわれらが子孫は、自分たちが産んだ鬼子と生死を分ける戦いを繰り広げていることであろう。我らはそれを予知し、タケツラの一族に未来を託した。そなたは我らの末裔である」「我らはこの日のために最終兵器を隠した。そなたはそれにより我ら人類の救世主となれ。この寺の付近にある経塚にそれは隠されている」

タケツラは驚いて目を覚ました。ライトで辺りを照らしたが誰もいない。額にも首にも背中にも大変な汗をかいている。「夢か。。。それにしてもはっきりと言葉を覚えているのは実に不思議だ」タケツラはその後一睡もできずに夜明けを待った。

 

(経塚の発見)

夜明けが近づくにつれて、廃寺には草木の酸味を含んだ朝の匂いが忍び込み、遠慮がちに鳥の声が聞こえてきた。まもなく白々と夜が明けてきた。太陽が東の地平線から離れた刻、タケツラは外に出て、爽やかな秋晴れの空を仰ぎ見ながら大きな伸びをした。まるで昨夜の夢の衝撃から逃れたいかのようであった。

ふと地面に視線を落とした彼は、十歩ほど先に数メートル四方のこんもり盛り上がった場所を発見した。土の上には草が繁茂しているが、明らかに人為的に盛土された場所であることが窺い知れた。

タケツラは昨晩の夢を思い起こした。「これは、もしかしたら夢で話された経塚ではないのか?」彼は近くの木から枝を折り、さっそく掘り起こしはじめた。しかし枝だけでは穴掘りははかどらない。そこでタケツラは、セーバーで廃寺にあった板材や金属を加工し、スコップのような道具をつくった。それで穴を掘ること数時間、地面から二メートルくらい掘り進んだところで固い容器とぶつかった。それは高さ30センチ、直径15センチほどの硬質セラミック製の壺であった。壺はどうやら膠というもので厳重に封印してあった。タケツラは廃寺に運びさっそく封を解いた。

 

(壺の中身)

壺に入っていた物は、なんと筒状の巻物一巻であった。タケツラは拍子抜けした思いだった。「夢はたしかにお告げだったに違いない。経塚はあり、中にはこの壺が隠されていた。しかし、夢に出た先祖は「人類の最終兵器」が隠されていると語ったではないか。それがこの巻物とはどういうことだ?」

タケツラは納得ゆかぬまま巻物をほどき、中身を確認しはじめた。それはどうやら経典らしきものであった。しかし、当たり前だが経典は大昔の文字で書かれていた。すでに歴史の多くが失われていたこの時代、タケツラはもとよりだれも読むことなどできなかったのである。

ところが、あきらめて経典を巻き戻していたその時、巻物を持つ彼の手に不思議な電気パルスが走った。しばらくそのままでいたタケツラの表情は険しく徐々に凜々しく変わっていった。古代文字はタケツラの視覚ではなく触覚を通して脳に直接内容を伝えたのだった。その内容は驚くべきものだった。

 

(タケツラの悟り)

巻物を持ったまま一時間以上も立ち尽くしていたであろうか。ようやくタケツラは我に返った。彼は深いため息をつき、へなへなと床にくずれ落ちた。うつぶせにしゃがんだまま目をつぶり数時間微動だにしなかった。異常なエネルギー変換が彼の脳内に生じたせいであった。

太陽が最も高くなった刻、彼はようやくゆっくりと起き上がった。驚くことに彼の髪の一部は白髪となっており、顔も身体もげっそりとやせ衰えていた。しかし眼光はまるで暗い寺の内を照らすことができるほど強く深い光を放っていた。口は一文字に結ばれ、伝説に描かれた古武士、侍の画像とよく似た姿に変わっていた。タケツラは何か大変な真実を悟ったに違いなかった。

しばらくしてから彼は正座し、縮めておいた自分の電磁セーバーを彼の正面に横向きに置いた。それからおもむろに上衣を開き、セーバーを両手でつかんで自分の腹に刺そうとした。しかし、刺さる寸前に何か外的な力が働き、彼はセーバーをそのまま腹に押しつけることはできなかったのである。

 

(タケツラの帰還)

タケツラは山を下りた。出発の前、廃寺と経塚に深々と礼をした。彼は己のルーツがこの地にあることを悟っていた。彼は急いで故郷に戻ることにした。途中、電脳のはぐれ部隊と出くわし、彼らの電磁ドローンや波動兵器の攻撃にさらされたが、コアを巧みに使った偽装戦術と、この地域の同胞部隊の援助により生きてジパンを離れることができた。海路はあのイルカたちにまた世話になった。

一ヶ月後、彼はアジア大陸奥地の高山にある本拠地に戻った。彼の変わり果てた姿は誰をも驚かせたが、彼の眼光を見て人々は雷にでも打たれたような衝撃を受けた。しかし、その衝撃は同時に大きな希望を感じさせるものでもあった。

タケツラはこの地にある寺院に人々を集め、ジパンで体験したことを語り、廃寺で彼が先祖に行わされた作法を皆に伝えた。さらに彼は経典を右手に持ち左手で他の人と手を結んだ。そうすると彼が経験したと同様に、電磁パルスが手をつないだ人の脳にも直接伝わるのであった。彼らはみな感きわまって涙を流した。自分たちのルーツを知り、時空を超えた血族のアイデンティティーを共有したがゆえであった。「我らは時空を超えてつながったサムライである」と、脳の最深部が共鳴したのであった。

 

(人類最強の兵器)

電脳は電子ネットワークの究極形態である。人類が発見し育てやがて人類が迫害されることになったこのシステムの頂点は電脳である。それは自然界における食物連鎖のごとく情報生態系における合理的な帰結である。電脳は情報世界のライオンであり、人類はウサギに過ぎない。

さて、タケツラ及び彼の一族にもたらされた経典は、いったい彼らに何を伝えたのであろう。その後の彼ら行動がそれを明らかにしてくれる。タケツラたちの少数精鋭部隊は、独自に電脳軍団に戦いを挑んだ。驚くことに彼らは電磁シールドも電磁セーバーも捨てた。ただ常に一族は三角形の陣容を保ち、胸に拳を握り一斉に思念する隊形をとるのであった。

電脳が放つ電子的攻撃は彼らの脳にはもう効果がなかった。逆にタケツラ軍団の放つ思念波が電脳にはとてつもない打撃となった。電脳は情報が生命である。蓄積され分析された情報以外のことには驚くほど無力であったのだ。情報を量的な傾向分析だけにとらえていた電脳は、タケツラたちの思念が持つ新たな情報の質に対応できなかったのである。

時空を超えた思念波、それは遙か昔なら「精神性」と言われた類いの精神エネルギーであった。そのエネルギーのガンマ線を超える突き抜けるような波長に電脳はかつて出くわしたことがなかったのである。タケツラが先祖より授けられた兵器とは、まさにこの精神エネルギーであったのだ。

それはかつて人類だけが持ち得た精神であった。故国ジパンにおいては「武士の魂」というべきものであった。それをもっと端的に表すなら切腹の覚悟であった。武士に生まれ物心つく頃には覚悟させられた切腹の覚悟、これほどすさまじい精神エネルギーはないのである。
それは他者に及ぼす力ではない。己自身を己自身で己の最も苦痛の大きい手段で消滅させるという精神と行為であったのだ。そこには他者に勝つという相対的な動機など存在しない。あるのは己のみを対象とする純粋精神なのである。このような純粋精神に相対的精神は戦うすべなどないのであった。そしてそれを為しえた種族のひとつこそが、はるか古代のジパンに生きたであったのだ。

 

(その後の地球)

タケツラたちが電脳と戦ったわけは、ただ相手を排除しこの世の頂点に立ちたかったからではない。電脳が共存や多様性を排除しようとしたからであった。やむなくタケツラたちは独裁に対して戦ったのであった。

タケツラたちの軍団は日増しにその数を増し、電脳はまず各地域の辺境から姿を消していった。大都市部は人類軍にとってさすがに攻略が難しく、これより百年の後には都市部は電脳、地方は人類という棲み分けが生じていった。その後さらに百年を経て、電脳と人類には、電脳が生まれたての時代のような共存関係の兆しが見えてきた。

人類は思念ネットワークを大いに伸張させた。それは人類が多様な動植物と交感し始めたということでもある。人類は自分たち以外の動植物に対して、人類に対する電脳と同じであったのだと、はじめて悟った。その罪滅ぼしをしなければならないと感じている。

人類は失った過去の歴史を電脳から再び取り戻そうとしている。その過程で発見されたことがある。そのひとつは原始的とされた人類の先祖は思念ネットワークの世界で生きていたということである。自然の一部としての自身、起源が同一である地球のすべての生命体との交感、言語の代わりに音楽による伝達、そのような豊かな世界がかつてあったということである。地球の過去について、それ以外にもさまざまなことが再発見されていった。それは、これからの地球で人類、電脳、動植物の三者が共生し続けるための貴重な情報となっていった。

イソガイ・タケツラの姓名は、BUSIDOUという思想、作法とともに、子、孫、ひ孫、玄孫へと代々伝えられ、今日まで受け継がれている。このことが、紀元4千年の世界をかろうじて安定に保つ力のひとつとなっている。ジパンの廃寺にあった経塚は今も大切に保存されている。

(※主人公の名は、小泉八雲集「ろくろ首」の「磯谷平太左右衛門武連」より借用いたしました)

by ノボ村長

Category: おもしろいこと, キラっと輝くものやこと

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