東北のイメージをつくったのは誰か?
先日栗駒方面へドライブしたときに寄った蕎麦屋さんに興味深い本がありました。
それは高橋克彦著「東北・蝦夷(えみし)の魂」。
東北人のルーツや、 阿弖流為、安倍貞任、藤原秀衡、九戸政実など、中央権力と戦った英雄、武将たちについて書かれた歴史本です。
本の最後に東北人のイメージや東北弁に関する興味深い話が書かれていました。東北人の私にとっては、なるほど。。。です。
東北のイメージをつくったのは誰か?
東北人の特質は、「優しい」「辛抱強い」「無口」だと、東北以外の地域の人たちに言われ続けている。長い間、東北人の勤勉さ・生真面目さを理解してくれている言葉だと、私も思い込んできた。
今でも、「東北の人は優しくて辛抱強いんですね、と観光客の方に褒められました」と、地元のタクシー運転手さんから嬉しそうに話しかけれられることがある。これはありがたい評価であり、最初に言い出した人は東北の恩人のように思っていた。
では、いつ頃からそう言われるようになったのか?
そういった決まり文句のような評価は、古い新聞などを調べると結構分かるものだ。例えば、新潟の女性は男みたいに勝気だ、というのは明治初期の新聞記事に出ている。ところが、東北人の評価の起源を調べるうち、思いもかけなかった答えにぶつかり愕然としてしまった。
そもそも、この評価は吉原の遊郭の主人が言い出したことだった。いわゆる人買いや女衒に「優しい」「辛抱強い」「無口」を、遊女を探す時の条件にしたのだという。吉原の遊女は一晩に何人もの男性を相手にするから、誰に対しても「優しい」必要がある。過酷な労働だから「辛抱強い」女でなければつとまらない。商売柄、いろいろな秘密を耳にするが、そうした客の話を他者に漏らさない「無口」な女がいい。
そんな条件を満たす人は、なかなかいない。
ところが、天明や天保の大飢饉で、口減らしのため百姓の娘が大勢売り飛ばされた。女衒が江戸の吉原に連れてきた娘の七割は、東北出身だったと言われている。戻る家のない娘たちは、生きるために「優しい」「辛抱強い」「無口」という三つの条件を必死に守ったから、これが東北人の特性として広まった。
要するに、遊女を搾取するのに都合のよい条件として、遊郭の主人たちが言い出したことだったのだ。だから「優しい」「辛抱強い」「無口」は、決して誉め言葉ではない。悲しい東北人評だ。食べられなくて、遊女に身を落として必死で生きている東北の女たちを、吉原の主人たちは都合よく利用したのだ。
こうして、幕末の頃から、東北の人間は「優しい」「辛抱強い」「無口」だと、江戸で広まっていた。我々はそんな歴史を知らないから、東北を観光で訪れた人たちが、今の東北人の姿を見て、好印象を抱いてくれたと勘違いしている。実際には、幕末から戊辰戦争を経て、行き場のなくなった東北人が追い込まれたのが、最底辺で黙々と働かなくてはならない境遇だったのだ。
東北弁への蔑視
官軍と戦った東北の人々は生活の基盤を奪われてしまった。旧士族たちは藩というよりどころを失い、東京など大都市に職を求めていった。
江戸から東京になったとはいえ、あとから入り込んできた薩長の人間たちを、江戸の人々はまったくの田舎者としか思っていなかった。その連中が我が物顔をするどころか、大名や旗本の屋敷を占拠して自分たちの住まいにしている。
そういう状況を見るにつけ、古くからいる江戸の人間たちは面白くない。太平洋戦争の敗戦後に、GHQが日本を占拠したような状況が、明治維新後の江戸/東京にもあったのである。
大名や旗本の屋敷は広大な庭、家屋を持っている。豪奢な邸宅で暮らすためには、どうしてもそこを整備する下働きの人間が必要だ。けれども、江戸の人間にはプライドがあるから、そこでは働きたがらない。口入れ屋がいくら斡旋しても、薩長の田舎者の下働きはできないと拒否されてしまう。
ほとほと困った口入れ屋、東北から流れてきた人たちに目をつけた。当時の東京には、職を失った士族階級の家族や、農地を捨てざるを得なかった人々が溢れていた。彼らは職がないから仕方なく、かつての敵の屋敷に下働きとして入っていった。
明治の十年代頃の下男・下女の大半は東北人だったという。当然ながら、下働きに入ったほとんどの人が東北弁を使っていた。そのため東北弁は下男・下女が使う卑しい言葉として認知されてしまった。東北弁は分かりにくいから差別されたのではなく、下男・下女が話す言葉だから差別されたのである。
東北から来た人たちの中には生活に困っていない者もいくらかはいた。そういう人たちは東北弁を隠した。こうして東北弁の蔑視が始まった。
この経験を今の人たちは知らないし、知ろうともしない。さすがに現代では、東北人に差別意識を持つ日本人は少ないだろう。だから、かつて東北弁が差別されたのは、分かりにくいから、あるいは響きが濁っているからだろう、としか思わないのだ。
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