大人の童話「一番暖かい服」
ノボノボ童話集より
一番暖かい服
ここはアメリカの大都会。
超高層ビルの谷間にはスラム街がある。
今年の冬は例年よりも厳しい寒さ。
それに不景気が追い打ちをかけて、
貧しき人々は涙さえ凍るようだった。
・・・・・・・・
ダイナミックなこの都市は、
コントラストを強調するかのように、
スラム街の隣には高級店。
ところが人も店も案外見かけによらぬもの。
どの店も不況で売上げを落としていた。
・・・・・・・・
この服屋さんもそのひとつだった。
なんとか売上げを伸ばそうと、
リフォームをしたり、商品を増やしたり。
だが、なかなか思うようにはいかない。
・・・・・・・・
さて、大変な寒波にスラム街は震えていた。
困窮きわまった住民はついに暴動をおこした。
夜中、大挙して隣接する高級店を襲った。
もちろん服屋さんも大きな被害に遭った。
高級な毛皮やダウンジャケットなど、
ほとんどの商品が盗まれてしまった。
・・・・・・・・
店主たちは地団駄を踏み、警察に訴えた。
彼らをつかまえ罰しよう、弁償させようと
必死になった。
しかし、食料品はもう食べられ、
宝石類は隠されたりで、
どうにもならない。
・・・・・・・・
そんな中、服屋さんはあることを思った。
彼の祖父はポーランドからの移民である。
祖父から先の戦争の悲惨を聞いている。
かつての祖父もこのような境遇にあったのでは?
生きるためにやむを得ず犯した犯罪について、
彼は少しばかり同情を感じたのだった。
・・・・・・・・
さらに考えてみた。
盗まれた商品はほとんど戻らないだろう。
戻ったとしても、もう新品としては売れない。
汚されていたらクリーニング代も大変だ。
こうなったらあきらめるほうがいい。
とはいえ、少し悔しいのであることを考えた。
・・・・・・・・
彼は翌日、店に大きなポスターを張り出した。
「当店では昨晩、寒さに震える近隣の皆様のために、
すべての商品を無償提供いたしました」
彼としてはちょっとした皮肉のつもりだった。
・・・・・・・・
ポスターを見てスラム街の住民は驚いた。
そして心から感謝した。
盗んだ毛皮やダウンジャケットを
隠すことなく、堂々と着られるのだ。
子供たちも犯罪者の子にならなくて済むのだ。
これほど暖かい配慮はあるだろうかと、
隠れて涙を流す人も多かった。
・・・・・・・・
スラムの住民たちは彼に恩返しをした。
彼らはネットにこのポスターをアップした。
服屋さんの粋な配慮を
「世界で一番暖かい服」として
全世界の皆に知らせた。
この服屋さんがその後どうなったか、
話すまでもないだろう。
Category: キラっと輝くものやこと, ほっこりすること