水木しげる「劇画ヒットラー」

[ 0 ] 2022年7月1日

水木しげるさんの『劇画ヒットラー』を読み終わりました。力作です。

「ヒットラーは希代の英雄でも狂気の独裁者でもないー水木しげるが見たヒットラーとは?」という帯のコピーのとおりでした。

最初はドイツ国民のほとんどが軽蔑していたヒットラー、ナチスがなぜ?あれよあれよという間に頂点に上りつめたのか。。。

今、そしてこれから決して起こり得ないことではないと感じた読後です。

昭和46年、私が高校2年生の頃に「週刊漫画サンデー」に連載され、翌年単行本として刊行された作品の復刻版です。

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ドイツは第二次世界大戦やホロコーストの原因をすべてナチスに帰着させたうえで、徹底した国家謝罪と賠償により戦後の欧米社会に受け入れられました。

ナチスはヒットラーと同義語にされ、ヒットラーはさらに悪魔とみなされ、人間としてのヒットラーは想像しがたいものになっています。

しかしこの本を読むと、ヒットラーはもともとチンピラ、ルンペン、失意の芸術青年という、どこにでもいるような人間であったことがわかります。

取り巻きも似たようなもので、養鶏業のヒムラー、モルヒネ中毒者ゲーリング、薬屋シュトラッサー、錠前屋のドレクスラーなど、これまたどこにでもいるような人間たちでした。

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ごくごく陳腐なヒットラーがなにゆえ頂点まで上ったかは、ベルサイユ条約の過大過ぎる負担、共産主義への怖れ、プライドの回復、ワイマール憲法の欠陥、そして世界恐慌という時代要因が重なったということが背景にあるでしょう。

しかし、非科学的なことですが、もうひとつ要因があると私は思っています。

第一次世界大戦以前から、ドイツの政治や学問のエスタブリッシュメント層にはアーリア人至上主義、反ユダヤ主義、優生学思想が根を張っていました。

大戦の生き残りである重鎮や同思想を共有した亡霊たちが彼に理想を託し、ヒットラーはオカルト的な魔力を得たような気がします。

ワグナーの娘と結婚し、ニーチェの妹やヴィルヘルム二世とも親しかった元英国人ヒューストン・ステュアート・チェンバレンもその中心的人物の一人でした。(第二次世界大戦初期、宿敵イギリスの首相もチェンバレンでしたが、彼と遠い縁戚関係にあると何かで読んだ記憶があります)

ヒットラーはそのチェンバレンを最大の師と仰いでいました。

漫画の中に、そのへんを描いたページがあります。

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興味深いのは、ヒットラーと同時代を生きた水木しげるさんもヒットラーにあこがれたということです。

水木さんらしくサラッと書いていますが、私たちもその頃生きていたら同じようにあこがれる人はきっと多かったに違いありません。

あとがき

「ヒットラーさん」水木しげる

ヒットラーさんは、私が十八才位の時から大いに活躍されたので、よく覚えている。

なにしろ彼は演説がうまかったから、大ていのドイツ人は、酒を一パイのまされた気分になったのだろう。

なにしろ、出現してドイツを率いて戦争して勝ったんだから、心酔せざるを得ない。

まア、イギリス、フランスあたりまでは人間の常識で考えても、もっともだが、その上にロシヤと一戦を交えるというのは、今から考えると、自分の力も考えずに対戦したという感じだ。

いわば時の勢いによって勝てるという戦争は小国の場合であって、大国と戦争する場合は「感情」ではどうも片付かないようなところがある。

なにしろ「大国」というのは、すぐに倒れてくれないから、どうしても長期戦になりがちだ。

ヒットラーさんは自分の力を過信しての、対ロシヤ戦だったから、うまくゆかない。

やはり「大国」とやるには、理性的でないと、いけないようだ。

いずれにしても、当時あまりものをしらない十八才の少年の私ですら、対露戦は冒険だ、と思ってみていた。

この劇画「ヒットラー」という本はなにしろ三十年前のもので、たしか「漫画サンデー」で自由にやってほしい、というので始めたように記憶している。

ヒットラーさんは意表をつくやり方でドイツの総統にもなり、世界大戦を始めたわけだが、今から考えると、対英仏の外、ロシヤにまで手を出すというのは、どう考えてもおかしい、ヒットラーがなにか神秘力をもっているような気がして、ドイツ人はゆるしたのだろう、と思っていた。

しかし、ロシヤは大国で広いからヒットラーのような「電撃作戦」もうまくゆかず、失敗に終わるわけだが、そのようなことをゆるすドイツ人もやはりヒットラーの神秘力に酔わされていたのだろう。

当時十八才位だった私はヒットラーに酔っていた。

ヒットラーのように「鼻ひげ」をはやそうと思ったが十八才では無理だった。

しかし東條首相は当時ヒゲをはやしていて、日本のヒットラーみたいになろうとしたようだが、運悪く戦争は負けた。

いずれにしても当時のヒットラーさんは格好が良かったネ。

やたら右手を上げては戦争に勝っていたが、無理な戦争だったとみえて最後は自決だった。

人間あまり無理をしちゃあいかんネ。

(水木さんと同じくヒットラーと同時代人にして大戦最後の年の出征兵士であった父に今度聞いてみよう)

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水木さんは、この作品のためにたくさんの資料を調べたようです。

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漫画というのはいわゆる本に比べて軽く見られることもありますが、歴史ものでは、その時代考証をしっかりしないと絵が描けませんから、本を書くのと比べて何倍もの調査が必要となるでしょう。

漫画家というのは、そういった意味で本当に割が合わないと 故杉浦日向子さんが語っていたそうです。

→杉浦日向子さんが漫画をやめたわけ

そのぶん、読者の私たちの脳裏にストレートにイメージを伝えることができるということでしょう。

水木さんのような偉大な漫画家にはほんとうに感謝です。(感謝の気持ちをあの世に届けます)

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→タイムスリップしたヒトラー
→ヒトラーの秘密
→ヒトラーと有機農業

 

Category: キラっと輝くものやこと, 伝えたいこと

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