ノボノボ童話集「沈黙は金」

[ 0 ] 2022年10月19日

エンデの『モモ』より。

<モモにできたのは、ただじっと相手の話に耳を傾けることなのである。意見を述べたり、質問をしたりしなくても、相手が「どこにそんなものがひそんでいたかとおどろくような考え」が浮かぶし、生きる気力をなくした人がモモに話をすると、自分だって「この世のなかでたいせつな者なんだ」と気づく。>

ノボノボ童話集

沈黙は金

彼は若い頃から老け顔だった。

苦み走った印象もあって、

相手に存在感を感じさせる男だった。

俳優にでもなれたらよかったのだが、

オツムと運が足りなかった。

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彼は田舎に一人住まい。

日雇い仕事と、少しばかりの畑で

細々と生計をたてていた。

そんな彼だが、少しは近所と付き合いがある。

ある日、アジア団体ツアーに誘われた。

彼の不思議な幸運はこのときから始まった。

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顔に似合わず、トンマな彼は

旅先で一行からはぐれてしまった。

さらに奥地へ迷い込んでしまった。

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雨がふってきた。

お堂らしきあばら屋があった。

なかには小さな囲炉裏があった。

彼はあぐらをかき腕をくんだ。

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さてどうしたもんだろう。。。

頭は空っぽのくせに、もってうまれた人相のおかげで、

古武士のようなふんいきがただよう。

うす暗さが、よりいっそう彼の顔に威厳を与える。

しばらくして、山仕事をしていた土地の数人が、

雨をしのごうとお堂に入ってきた。

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土地の人たちはびっくりした。

見なれぬ立派そうな人物がどしっと座っている。

この方こそ、土地に伝わる伝説の仙人では?

皆は、丁寧にもてなし食事や酒を与えた。

そのうちに、めいめいが彼にお悩みごとを話し始めた。

もちろん現地語で。

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彼は無言のままである。

ときどきうなずいて見せるよりほかはない。

生まれつきの眼光がギラッと光る。

しかし、言葉がわからなくても、いやそれゆえにこそ

以心伝心のように伝わるものもある。

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人々は、お悩みを一方通行で話しているうちに、

自分で解決の糸口が見つかるらしい。

みんな最後に「ありがたや」と両手を合わせ、

晴れ晴れとした顔で帰るのだ。

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やがてうわさは広がる。

お堂へ来る人が絶えないので

彼はそこを離れられなくなった。

やがて評判はその国全体に及んだ。

「無言の仙人、眼光にてわれらに解を授く」

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大会社の社長も信徒になった。

彼を会社の社外取締役として迎え、

役員会もここで開くことになった。

この村に本社を移すことにもなった。

村はこの後大いに栄えることになった。

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数年後、彼はようやく仲間に発見された。

日本に帰るとき、惜しむ人々により

あやうく政治問題になりそうだった。

この国の新聞にはこう書かれた。

「無言の仙人、異国へ救いの旅に出ず」

再会をもちろん無言で約し、彼はこの国を去った。

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懐かしき日本へ戻った。

とてもお金持ちになった彼だが、

いまだにその理由が自分でもよくわからない。

インタビューされても何と答えてよいかわからない。

面倒になってきたので、

色紙に一筆書いて終わりにしてもらっている。

もちろん、したためる文はこれしかない。

「沈黙は金」

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かの国にいる本当の伝説の仙人は、

彼が得た真の幸運と、そのわけを知っている。

それは、迷える多くの人々を救えたことである。

「ただ話を聞くという、すばらしい才能」と、

それ以外できなかったという偶然によって。

ノボノボ童話集
→「無敵の鎧」
→「妖怪ワケモン」
→「森の言葉」
→「究極の薬」
→「アキレスと亀」
→「宇宙への井戸」
→「思いがけない幸せ」
→「本屋の秘密」
→「美しき誤解」
→「サンタの過去」
→「車のない未来」
→「恐怖のミイラ」
→「一番暖かい服」

Category: おもしろいこと, キラっと輝くものやこと

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